責無旁貸 zé wú páng dài

注音符號ㄗㄜˊ ㄨˊ ㄆㄤˊ ㄉㄞˋ

ある任務について他の誰かに押し付けたりせず他ならぬ自分がやるべきことはやるぞ、という気持ちで「これは自分の仕事だ」と決意を表すような言葉なのですね。

この表現を見かけたのはこの書き込み。

王丹さんという方は、1989年6月4日の天安門事件のリーダーの一人で、中国政府から最も政治的弾圧を受けた人物。もう今年50歳になるのですね。1998年にアメリカに亡命してから一度も中国には帰れていません。ここ数年は台湾との関わりも深く、台湾の名門大学で教鞭を執り、ひまわり学生運動のリーダーたちとも懇意にしていたようですが、残念なことに2017年の夏休みからまたアメリカに拠点を移しています。

前置きが長くなりますが、この方の文章はとても平易だけど知的で豊かなものが感じられます。台湾にも中国にも知識人と呼ばれる人々がいてそれなりの自負を持って文章を発表されていますが、何といっても言葉の選び方が全然違う。語彙が違うのもあると思いますが、自分のような中国文学の教養のないガイジンにとっては中国の人が書いたもののほうが格段に読みやすい。というのも、ある程度万人に分かるような書き方だと思うのですね。かといって修辞がないわけでなく、むしろさらっと読み飛ばしてしまうけど実はグッと深い意味を持っているようなセンテンスとかが散りばめられている場合も多い。

中国共産党が農民と労働者の政党だったことや文革で知識人が激しく弾圧されたことも無関係ではないと思いますが、言論の自由がないなりに趣向を凝らして伝わるような書き方を日々研鑽しているからかも知れない…とも思います。一方で、台湾の知識人の書くものは本当に学がないと読めないというか、特に散文とかにその真髄が表れるような気がしますが、知的な人々の言葉遊び的な面も大きいと思います。もともとそういう文化が華人の世界にあるからでしょう。「MRT文学賞」とかいう一般公募のちょっとした詩歌や散文の優秀作品がMRTの車内に貼ってあったりしますが、これがまた、自分にはびっくりするほどチンプンカンプンだったりします。

もちろん、王丹さんはもう、というかもとより言論の弾圧におびえることなく自由闊達に発言をされていて、分かりやすく、それでいて中身のしっかり詰まった無駄のない文章を書かれるように思います。

さて、↑のフェイスブックの書き込みで何をおっしゃっているのかというと。いまいるハーバード大で台湾関連の書籍を集めたいのだが、自分一人の力では及ばないところもあるので、それにふさわしい書籍をみなさん推薦してください、よかったら出版社の方はリストにして送ってくださると助かります、私から購入をプッシュします、という台湾の人に呼び掛ける内容。

❝哈佛大學費正清中心圖書館館長已經正式委託我,協助台灣書庫的建立,希望幾年內能夠為圖書館購置500本以上相關書籍。我雖然已經多事纏身,但是作為費正清中心的成員之一,責無旁貸。且,能讓台灣在母校的師生和無數訪問學人中被更多人看到,也是我自己對台灣應盡的一份心意,因此我一口答應下來了。❞

ハーバード大学フェアバンク中国研究センターの図書館長から、台湾ライブラリーの開設について委託したいと正式に依頼がありました。向こう数年で関連書籍500冊以上をそろえたいとのこと。すでにやるべきことが山積みですが、同センターの一員として他ならぬ自分が責を負うべき仕事―『責無旁貸』だと考えています。また、母校(ハーバード大)の教職員や学生、無数の訪問研究者たちの目にふれるようもっと台湾の情報を届けたい。これは台湾に対する私の心からの想いでもあるわけで、その場で快諾したというわけです。」

決意と、そして背後にある豊かな情感も感じられる一節だと思います。
(一方で講演をYoutubeなんかでみるとやはりとっても北京的な話し方で、中国語はすべて(ほとんど?)台湾で学んだような自分はいつまで経っても慣れないのは修業が足りないと思うところです。むかし教科書で習った普通話よりもっと北京テイストです。)いつか直に講義を聞いてみたいものです。サインも欲しい。

さて、他にどんな文脈で使われているかニュースで調べてみました。

2019年の年明けから、蔡英文総統がいわゆる「92年コンセンサス」なんて存在しませんから我々はこれを含む中国の発言内容は認めないと先制し、そのすぐ後に習近平氏「告台湾同胞書(台湾同胞に告げる書)」発表40周年紀念会で47回もしつこく「統一」と言い、さらに蔡英文氏があらためて『台湾は断固として「一国二制度」を受け入れません。台湾の民意の圧倒的多数は「一国二制度」に反対しています。これは「台湾コンセンサス」です。(蔡英文フェイスブックより)」と返したので、年明けからこの話題で持ち切りです。(蔡さんは、昨年11月末の統一地方選挙民進党大敗で何かふっ切れたようにも見えます。これ以上もう失うものはない、というか、これから失うものも限りがあることが見えたんじゃないでしょうか。)

独立とまでは言ってませんが、とにかく「92年コンセンサス」のようなまやかしは受け入れない、という内容ですね。ちなみに「92年コンセンサス(九二共識)」は、中台の窓口機関トップが1992年の会談で「一つの中国を各自が解釈する」というような内容を確認したというのですが、主に国民党の政治家とその支持者を除くと、はっきり言ってこれを信じるインセンティブがありません。むしろ「なにそれ?」な人の方が多いみたいですし、李登輝氏や当時窓口機関のトップで件の会談の台湾側代表を務めた辜振甫氏も、そんなものはない、こっちが認めてないんだから共通認識のわけないだろ、というようなことをおっしゃっているそうです。李登輝さんは何回もそうおっしゃってますね。辜氏は故人なのでほんとうの真相は藪の中ですが、弟さんの辜寬敏さんは兄貴がそうもらしたと、『タイワニーズ』(野嶋剛著)のインタビューで言及されています。

前述の王丹さんも習近平氏が談話で「中国人不打中国人(中国人は中国人を殴らない)」と言ったのを「そんなことあるかい。中国人打中国人やろ。」と書いていました。とにかく特定の思想を持つ人を除き、過半数の台湾の人には習近平さんのいう「統一」とか「一国二制度」とかの中身を信じるモチベーションもインセンティブもないんではなかろうかと思います。経済抜きの話ですから。香港を見よ、ですよ。

また筆が滑って前置きが長くなってしまった。
要するに蔡さんが昨11月の選挙で大負けし、92年コンセンサスにまで言及したので、あちこちから批判と賛同の声が上がっています。↑のニュースは、民主派の長老が連名で「再選に挑むのはおやめ」と蔡さんに向けた公開書簡を発表したという内容。お前もう民意がこんだけ離れてるんだしこれから人気回復も見込めなさそうだからおとなしくすっこんでろ、と言いたいのでしょうか。

それに対して、報道官を通じてこう返答しています。
❝蔡總統透過總統府發言人黃重諺回應說,如何守住台灣主權、守住民主生活方式,讓全世界看見台灣人民的意志與堅持,才是當前台灣最嚴肅的課題,也是她做一個民選總統責無旁貸的責任。總統強調,民進黨提名誰、台灣人民選擇誰,都有民主機制做最好的決定。誰要選、誰不選,不是誰說了算,相信民主機制就對了。❞

「総統府の黄重諺報道官はこれに対し回答を発表。台湾の主権と人々の暮らし方をいかに守っていくか、世界に台湾の人々の意志と堅持を発信していくかこそがいまの台湾にとって最も深刻な課題であり、それは人々から選ばれた総統として他ならぬ蔡総統自身が引き受けるべき責任である。民進党が誰を指名しようと、台湾の人々が誰を選ぼうと、いずれも最良の決定が下される民主主義体制がある、と総統は強調している。誰を選び、選ばないかは、誰かが言ったからといってそうなるものでもなく、民主主義体制を信じるべきことなのである。」

個人的な感想ですが、蔡政権は学者らしく理論の基盤がしっかりしていて、原理原則に厳しくものごとを進めようとして、各方面の賛同をほとんど得られず(そしてたくさんの人に嫌われ)、最終的には肝心の原理原則もうやむやに、というか妥協せざるを得ないのがつらみだと思います。

ただ、↑のような抽象的な理屈を言わせるとやっぱり上滑り気味な前総統とは違う気がします。しかし、民主主義自体が終わるかもしれないいま、どうしたらいいというのでしょうか。何だか暗澹たる気持ちになりますね。

っていうか、今年に入ってからずっと政治の話ばかりですわ。何か違う文脈にもトライしたいものです。